【短歌】茜射す街はまぶしく輝いて見下ろす道に雨晴らし照る【あかねさす】

短歌

この歌を詠んだ後で、「あかねさす」が枕詞だと知りました。
学がないなあ…

とはいえ、教育ってすごいなあと思ったのも事実です。

西陽が街を照らしている風景から「あかねさす」という言葉が降ってきて、この歌は生まれました。
インスピレーション系の歌です。
ということは、「あかねさす」という言葉が自分の中にストックされていたということ。
無意識下に言葉が染み込んでいたというあたり、高校と浪人時代の古典の学習もなかなか捨てたものではなかったのかもしれません。

この歌が描いた風景として、雨上がりの西陽が眩しくて目を落とすと、水たまりの照り返しも眩しくて目の遣り場に困る…という歌なのですが、見下ろすを使ったのはもう一つ理由があります。



「あかねさす」が自分の中に降りてきてねぶねぶと歌を詠んでいたとき、僕は駅前の広場にいました。
ベンチに座っている人も、歩いている人も、みんな視線を落としてスマホを見ています。
僕も経験あるのですが、スマホや時計を見ようと視線を落としたら照り返しがキラリと光って眩しくて見ていられない、そんな人が何人かいました。

朝には上がっていた雨なのですが、冬の雨だけあってその後の空気はいつも以上に澄んでいます。
照り返しもその分強く、みんな眩しそうでした。

「雨晴らし」という言葉を知ったのは、北陸・金沢を営業担当していたとき。
営業先の富山でタクシーの運転手さんと話していたとき、「立山はね、冬の雨晴らしが一番綺麗なんですよ」と我が子を自慢げに語るように運転手さんが語っていて「雨晴らし(あまばらし)って、素敵な言葉ですね!」と思わず感動を伝えました。

それ以来、僕の中で雨後は「雨上がり」ではなく「雨晴らし」。
今日まで続いてきた自分の過去が詰まった、じつは濃いめの歌に仕上がっています。

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