【スポーツ観戦】憎んですらいたサッカーや野球が生活の一部になった理由【プロフィール】

スポーツ観戦

こんにちは、taicchanです。

実家・三鷹市がホームタウンになっているJリーグクラブ・FC東京をゆるく10年ほど応援してきました。
2021年にホームスタジアム・味の素スタジアムのある調布市に引っ越したことをきっかけに、毎試合の経過・結果を追うようになるなど、自分の中での応援熱が高まっています。

そんな、ゆるサポからにわかサポへと変わってきた僕taicchanが、FC東京を応援するようになったきっかけを振り返ります。

このブログのテーマの一つ、スポーツ観戦がどうして好きになったのか。
タイトルにも書いている通り、僕はある時期までサッカーや野球を憎んですらいたのですが、それが一転するようなきっかけがありました。

この記事は、自分にかけらていた、そして自分でかけていた呪いをどのように解いて今を楽しんでいるのかについて、僕のプロフィール代わりに書いています。

この記事をきっかけにスワローズファンやFC東京サポの方と繋がれたり、あるいはいじめなどに悩んでいる方にちょっとでも勇気を贈ることができたら嬉しいです。

それでは、よろしくお願いします。



記憶から消し去りたい二つの修学旅行

僕は人生ずっとサッカーや野球に興奮してきたかと言うと、そうではありませんでした。
むしろ10代の頃、この二つの競技に対しては憎しみすら覚えていました。

その理由は、小中学校で受けたいじめが大きく関わっています。

僕がいじめを受けたのは、小学校6年生のときでした。

僕が通っていた小学校では、修学旅行がない代わりに市が持っている信州の保養施設で林間学校(たしか「自然教室」と呼んでいました)を実施していました。
その保養施設にはキャンプ場も併設されており、施設への宿泊と並行してキャンプも体験できる、アクティビティとしてはとても面白い仕掛けになっていました。

そんな自然教室で、事件が起きます。

当時僕は白い下着を着ていました。お手洗いに行くタイミングも限られ、また小学校では謎の「学校時間中にトイレで大きな用を済ませるのは恥ずかしい」という暗黙知があったこともあって、僕は用を足すのを我慢していました。

ただ、非常に汚い話なのですが気張っているとどうしても下着にシミができます。
同室のクラスメートが僕のリュックからシミのついた下着を見つけ、そのシミがついた下着を持って女子の部屋を巡回しました。

「あいつは汚い。不潔だ」

そうした印象が一気に広がり、自然教室以降僕は(仲のいい2~3人の男友達を除いて)クラスメートから総シカトを喰らい、もし触れようものなら汚いものを触ったように嫌がられるようになりました。

主犯格は、少年サッカーをやっていて私立受験を控えたクラスの人気者でした。仲がいいと思っていたのですが、運動神経も悪くクラスでも目立っていなかった僕を子分のように従えていたんだと今なら振り返れます。

彼をはじめ、クラスメートの半数近くが私立受験を控え、日々教室の空気はピリついていました。スケープゴートが必要だったのでしょう。僕はそれに選ばれました。

明確なパワーバランスが生まれ、クラスは学級崩壊への一途をたどりました。

そんな状況を引きずり、クラスの2/3が同じ中学へ進みます。
主犯格を含め、何名かが受験に失敗しました。ザマアミロと思った自分を、僕は今でも否定する気はありません。

中学へ進学したあと、それまで僕を避けていた当時のクラスメートは何もなかったように親しげに僕に接してきました。
人間って、怖いなって心の底から思いました。

ただ、同じ状況が繰り返されます。

中学2年の時、再び自然教室が実施されました。
きっと各々の学校での自然教室はどんなものだったのか、バスの中で思い出の共有がなされていたんでしょう。

そしてごく自然な話題として、サッカー部員の間で僕の出来事が共有されました。

自然教室後、小学校6年の時ほどではないのですが僕はクラスの輪から外れるようになりました。何かを話しかけても、それまでと打って変わってみんなそっけない。ああ、と膝を打ちました。

そして程なくして、主犯格こそ変われど(以前の主犯格は家庭の事情で転校していました)サッカー部員によって僕に対するいじめが始まりました。今度は首を絞めたり、ものを隠したりするような実力行使です。
面白そうだと思ったんでしょう、野球部員も嬉々として参加してきました。

流石に辛くて、当時の担任に相談しました。当時の担任は他校から転任してきた、ベテランの女性数学教師です。

彼女は、どうすれば僕がいじめてきている側の生徒たちと同じ属性を持てるのかを繰り返し僕に説いてきました。その一つに勉強を頑張って、勉強で突き抜けて見返せ、と言うものもありました。

なんでこんな人に相談してしまったんだろうと後悔しました。

結局何も解決しないまま、僕は中学を卒業しました。
片手で数えられるほどの親しい友人がいてくれることが不幸中の幸いですが、義務教育期間の日々はもし消すことができなら消したい僕の人生の汚点です。
小中の卒業アルバムは迷わず破棄し、高校も別の学区へ越境。(高校時代は、それはそれは夢のような時間で、恩師と呼べる人にも出会えて最高の日々です)

そして何より、僕を攻撃してきた人間たちがサッカーや野球をしていたことから、僕は彼らだけでなく競技自体を強く憎むようになっていました。
家族がそれらの中継を見ていたら、チャンネルフリックして妨害するか、自室にこもってウォークマンを最大音量で再生しながら小説や漫画を読んで時間を潰す、そんな子供になっていました。

集団の怖さと現在の僕のキャラクター

友人のご兄弟が、中学時代に野球部に所属していたそうです。小学校高学年で野球に興味を持ち、中学に上がったら絶対に野球部に所属したいと意気込んで、もちろん中一の春に入部。

ただ、中学の部活で特に球技部活は初心者以上に少年団上がりが多く、初心者はついてくだけでやっと。そういうヒエラルキー下位の存在は、得てしてスケープゴートにされやすいと僕は考えています。事実、彼もその対象となり、中2になるのを待たずして退部したそうです。

そして、もしも少年団や部活の中でスケープゴートが見つからなかった時、矛先はクラスメートに向いていく。僕の場合はきっと、こちらだったのでしょう。迷惑な話です。

それから約20年、僕は会社の評定の際、「チームメンバーと分け隔てなくコミュニケーションし、平等に接する」という評価を嬉しいことに毎年いただいています。あの頃の経験・体験が間違いなく影響し、「集団を維持すること」よりも「一人の相手として接すること」を無意識のうちに実施しているからだと思います。

だからと言ってこの時の経験の「おかげ」だとは思っていませんし、恨みは消えません。そして、消すつもりもありません。
ただ、冒頭にも述べたように、相手を恨むように疎んじていたサッカーや野球を、いま僕は競技としては愛しています。

僕がサッカーと野球を愛せるようになった理由

野球への恨みは、実はすぐに解消できました。

高校2年の時に所属した弓道部で、一緒に入部した1年生たちがそれぞれ好きな球団を持っていたんです。
「taicchanさん、昨日木塚が窮地の中でセーブしたんですよ!」
「taicchanさん、今年も広島は厳しそうです…どうすればいいんでしょう?笑」

楽しそうに語る彼らとの日々に、野球に対してささくれ立っていた僕の気持ちは解されていきました。

そんなとき、新聞のオマケでライオンズvsマリーンズの試合のチケットが手に入りました。弟と一緒に見に行った試合では、当時のマリーンズのエース・黒木投手が魂を込めた投球をしていました。

たちまち彼のファンになり、野球への恨みは跡形もなく消えました。

その後、進学した大学の野球部が神宮球場をホームにしていたことで神宮を箱推しし始め、スワローズへ趣旨替え。いまや、スワローズの勝敗やニュースは僕の生活の一部になっています。

一方、サッカーへのネガティブ思考はなかなか消えませんでした。
大学入学のタイミングがドイツワールドカップだったのですが、その面白さは全くわからず、あの有名な「ボールが急に来た」も、中田の引退も、僕はリアルタイムで見ていません。

僕の気持ちが変わるのはそれから4年後、南アW杯の時です。

南アW杯の頃になると、僕の感情にも変化が起きていました。家族がサッカーの試合を見ていても、気持ちがニュートラルになっていて一緒に見ることができていたのです。
また、当時の日本代表の主力だった本田圭佑選手や岡崎慎司選手は僕と同い年。同世代のヒーローたちの活躍は、傍目にも嬉しかったです。

そして、僕の感情を変える決定的な試合が、決勝トーナメント・パラグアイ戦。

駒野選手の放ったPKがポストに当たった瞬間、言いようもない感情が込み上げてきました。あれだけ嫌いだったはずのサッカーを見ていて、僕は悔しくなったんです。

もしかして、サッカーのこと好きになれる?

そう思い、Twitterかmixiに「サッカーをこれから好きになるためにおすすめの本があったら教えて!」と書き込みました。
ルールブックや観戦方法などの本を何名かが薦めてくれるなか、ひとりのジェフサポーターがある本を薦めてくれました。

木村元彦『オシムの言葉』講談社文庫、2008年

本来であれば、南アで日本代表を指揮するはずだったイビツァ・オシムさんの半生を追ったノンフィクションです。
最寄駅の駅ナカ書店へすぐに走り、書架にあった1冊を迷わず購入しました。

家に帰って読み始めてから、読み終えるまでの数時間があっという間でした。
そして、読み終える頃には1秒でも早くサッカーの試合が見たくなっていました

サッカーというスポーツの面白さ、オシムさんの平等さを尊ぶコスモポリタンとしてのキャラクター。
かつて僕を苦しめたのは、サッカーという競技ではなくサッカーをやっていた一個人、あるいは彼らに扇動された集団だったんです。

あの時SNSで呟いた一言が、僕にかかっていた呪いを解く大事なきっかけになってくれました

W杯後、僕は実家のある街がホームタウンとなっているFC東京を応援し始めました。
おかげさまで(?)、スワローズとFC東京を応援している関係上、たとえ家賃がかさんでも都内で部屋を探すようになるなど、今ではおらが街のスポーツチームを応援することは僕の生活のなかで大きな位置を占めています。

人って、怖い。だからこそ。

自らにかけていた呪いを解けた話をしておいて、ちょっと物騒な見出しなのですが、あえて。人って怖いです

星の巡りなのか何なのかわかりませんが、僕は20代になって再び「いじめ」を経験しました。当時さかんだったSNS「mixi」でのコミュニティオフ会で仲良くなった数人で遊ぶようになってしばらくして、ある一人が僕のキャラクターを攻撃するようになったんです。

その時のアプローチは、中学の時にいじめを相談した担任と重なりました。
問題があるのは僕。早く「正しい」こちら側のキャラクターになれ、と。

残念ながら、群れていると一定数そういうことは起きてしまうのかもしれません。誰か一人をスケープゴートにして、場の結束を高めたり盛り上がったりする、そういうことはなくせないのかもしれません。

最終的に、僕はこのグループとの関係を断ち切りました。
よくいじめ関連のニュースや広告でも、同じようなことを勧めるメッセージを見ます。離れちゃっていんです

ただ、一つだけ物申したい。それって、「逃げ」じゃない
逃げるって表現、何か悪いことをしているような気持ちになって、どうしたって自分にダメージを増やしてしまいます。

もう一度。逃げじゃない、離れるだけ。
そうして離れてしばらくたったら、自分を苦しめていたと思っていたものが違って見えてくるかもしれない
僕には、そんなきっかけが幸運にもありました。

どうか、この記事を読まれた方で、もし今苦しまれている方がいたなら。
離れちゃっていんです
そして、きっと来る幸運が1秒でも早く訪れることを、願っています。

 

にほんブログ村 サッカーブログへ
にほんブログ村

 

にほんブログ村 野球ブログへ
にほんブログ村

 

👆ワンクリックが励みになります。よろしくお願いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました