【短歌】穂村弘『ラインマーカーズ』を読んでみた。【歌集レビュー】

短歌

こんにちは、taicchanです。

2021年春より短歌を始めたビギナー歌人です。
ずっと「定型を守る」ことだけを意識して1年間約750首の短歌を作ってきました。

この記事では、そんなビギナー歌人のtaicchanが読んだ歌集のレビューを行っていきます。

同じように短歌を始めたばかりの方、またずっと歌集に触れる機会のなかった方にとって、さらに短歌を楽しむきっかけになってくれたら嬉しいです。

 



歌人・穂村弘さんと歌集『ラインマーカーズ』について

穂村弘さんは現代を代表する歌人の一人であり、雑誌ダ・ヴィンチ誌上の「短歌ください」コーナー選者等でも活躍されているバリバリ第一線の方です。

奥付によると、

1962年5月21日札幌生。
上智大学文学部江宇文学科卒。
1990年、歌集『シンジゲート』でデビュー

とのこと。

今回レビューする歌集『ラインマーカーズ』は2003年に刊行され、デビュー作の『シンジゲート』を始めとする、穂村さんのデビューから2000年代までの歌集を集めたベスト盤のような一冊です。

あとがきより「大学生のときに初めてつくった歌からさっき台所でつくった歌まで」とあり、刊行時に穂村さんが40歳だったことから、約20年間の中で作られた歌が抜粋されていることになります。

1962年生まれの穂村さんが過ごした大学生時代は、日本がバブルの渦中へと入っていく1980年代初頭です。そして、大学卒業後から『ラインマーカーズ』発行までの20年間は、バブル崩壊後の長く終わりの見えない不況に入っていく時代です。

時代が大きく動き、そして年齢的にも精神が大きく変動する時期に作られた歌の数々が収録されたのが、この歌集『ラインマーカーズ』になります。

若さの熱と勢いがほとばしる歌の数々

『ラインマーカーズ』を読んで、特に目立って気になったポイントが大きく二つあります。
それは、

  1. 字余り。特に初句で使われることが多い。
  2. 性的な表現。メタファーだけでなく、直接的な表現も随所で見られる。

この2つです。
それぞれを見ていきます。

初期作品ほど多く見られた字余り、特に初句字余り

短歌は五七五七七の三十一文字の韻律で構成される詩なのですが、どこかの句でこの文字数を崩す字余り・字足らずといった破調の技法を用いる場合があります。

例えば、字余りの効果を見てみると…
初句で字余りを使った場合は、勢いよくその言葉を滑らせる必要が出るため歌に勢いをもたらせます。
一方、下の句で使った場合は冗長な印象を与え、ゆったりとした印象を歌にもたらせます。

『ラインマーカーズ』では字余り、その中でも初句字余りが多く見られます。
それも、5音を6音にするだけでなく、7音などググッと長くして駆け抜けるように歌い始める歌たちが少なくないのです。
少し挙げてみると、

ボールボーイの肩を叩いて教えよう自由の女神のスリーサイズを

シャボンまみれの猫が逃げ出す午下がり永遠なんてどこにもないさ

風の交差点すれ違うとき心臓に全治二秒の手傷を負えり

このような歌たちがあります。

『ラインマーカーズ』と同年に発行された、歌人・東直子さんとの共著『回転ドアは、順番に』では韻律を守った歌がほとんとでした。
この初句字余りは、収録されていた中だと序盤の『シンジゲート』で特に多く見られています。

7音もかけた初句字余りによりまるで弾けるような歌い出しをしている様からは、穂村さんが『シンジゲート』に載せた学生時代から30手前までの若い時分抱いていた勢いのようなものを感じます。

『ラインマーカーズ』には未発表歌も掲載されており、それこそ「さっき台所でつくった歌」など40歳周辺の穂村さんが作った歌たちも掲載されています。
後半に進めば進むほど定型の中で表現していくことが増えており、ベスト盤的な歌集だけあって一人の歌人の時間経過が見事に表現されています。

全く隠す気のない性欲と濡れ場

若さというのは、勢いだけでなくそれを発散できない底暗さも同時に持ち合わせています。

初句字余りで見られた若さゆえの勢いの裏返しとして、若さゆえの底暗さや腹の中の熱量の表現として、穂村さんはいっそ清々しいほどに性的な表現を短歌に盛り込んでいます。

流石に直接的なものは挙げられないので、メタファー的なものを挙げてみると

朝の陽にまみれてみえなくなりそうなおまえを足で起こす日曜

終バスに二人は眠る紫の<降りますランプ>に取り囲まれて

天使にはできないことをした後で音を重ねて引くプルリング

読み方によっては、これらもだいぶ深いところをついた歌ですよね。
行為自体や、身体の箇所をそのまま詠んだ歌なども、いくつもあります。

作品の発表時期が年代的に進んでいくほど、こうした表現が減ったり、あるいはメタファーとして隠されるようになっています。
性的な表現が若さゆえの勢いの裏返しだったこと、そして精神の成熟や作歌技術の習得・向上によって表現方法が変わってきたのかなと感じました。

ただ、メタフォリカルになったからといって落ち着いたかというと、むしろ直接的な表現が減った分、そうした歌が現れた瞬間のインパクトが大きくなったように感じます。

真似のできない、オンリーワン

大学浪人をしていた頃、古本屋でビビッと来て買った本が単行本版の『回転ドアは、順番に』でした。
それ以降、穂村さんは特に大好きな歌人であり、短歌を始めてからは目標のような方です。

ただ、今回穂村弘ベスト版を読んでみて、改めて自分には真似できないスペシャルさを目の当たりにしました。

1年間定型を守ることをベースに歌を作ってきた僕にとって、初句字余り・七音初句というのはあまりに斬新でした。
韻律の中で歌うことが自分のベースになっており、それを崩すことの新鮮さと怖さを同時に感じています。

定型を崩すことで、確かに歌へ通常とは異なる特徴を与えることができます。
しかしそれは、定型崩しを「使いこなすことができたら」の話です。

穂村さんは『ラインマーカーズ』の中でその技量を余すことなく見せつけていましたが、自分にはまだまだ早い or 到達できない地点にいるというような印象を抱きました。

また、性的な表現についても同様に、真似ができない点だと思いました。
話題そのものに対して「恥ずかしい」という感情もあるのですが、それ以上に内面が曝け出されることへの恥ずかしさが優っているように感じます。

そうした意味で、『ラインマーカーズ』は自身の作歌に対して「参考」にするにはあまりに大きい作品なのですが、一方で得たものも大きかったです。

僕にとって短歌が、自分の生活と地続きになっていること。
自分の生活の裏側までを晒せる勇気や度胸を、まだ抱けていないこと。
自分の現在地点を知ることができました。

穂村さんは、いま僕が立っている場所と分厚い壁で隔たれたはるか向こう側に立っています。
歌を作るスタイルは人それぞれですが、こうした「尖った点」を明確に持ち、研ぎ澄ませていったことが第一線で活躍している何よりの理由なんじゃないか。
『ラインマーカーズ』は、そんな読後感を与えてくれました。



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