【短歌】ビル群が柳のように揺れていた三月十一日の昼過ぎ【3.11】

短歌

こんにちは、taicchanです。

2021年春より短歌を始めたビギナー歌人です。
ずっと「定型を守る」ことだけを意識して1年間約750首の短歌を作ってきました。

この記事では、そんなビギナー歌人のtaicchanが日課として一日一首ペースでInstagramへ投稿している自作短歌を解説します。

僕と同じように短歌ビギナーの方にとって、創作のヒントになったら嬉しいです。



3.11、東日本に生きる者として、決して目を背けることのできない日です。
僕は一年前に短歌を始めたのですが、ちょうど一年前にもこうした震災に関わる歌をいくつか作っていました。

2011年3月11日は甚大な被害を多くの地域や方々に及ぼしましたが、僕の人生にも大きな影響を与えました。

震災が起きたその瞬間、僕は井の頭公園の橋の上にいました。
当時僕は学生だったのですが、その日の夕方にインターン先から連絡が来る予定になっていたのを覚えています。
そんな中で、15時前に震災が発生します。
震災が発生した瞬間はボート乗り場に続く橋の上にいて、腰が抜けたおばあさんを近くの男性と一緒に担いで岸まで走って行ったのを覚えています。

その後は井の頭公園の入り口付近にあるスターバックスコーヒーで1時間ほど過ごし、余震の間隔がおさまってきたところで自宅へ徒歩で向かいました。
印象的だったのは、そのスタバの隣にある焼き鳥屋さんがいつもと何も変わらず串を焼き続けていたことです。
隣の建物から煙が登っていたので何事かと思ったら、隣は焼き鳥屋さんでした。
お店の軒先にテイクアウト販売のカウンターがあるのですが、焼き網の上にルーティンのように串が載せられては上げられ、まるで何もなかったようにそこだけ日常が続いていたのが帰って非日常に見えました。

そんな風景とは、ちょっと毛色が違うのが今日の歌です。
この歌は僕ではなく、僕の同僚の経験を歌にしました。

当時彼は新宿に徒歩圏内で行けるところに住んでいたのですが、震災の折に新宿のビル群が「折れるんじゃないか」というほどぐわんぐわんに揺れているのをみていたそうです。

その風景をシンプルに詠んだのが、今日の歌になります。
一つレトリックとして入れた柳は、風に揺られて折れるようで折れないという点が、日本の高層ビルに備わっている免震構造のメタファーになるのではないかと考えて採用しました。

描きたいストーリーとメタファーが噛み合った改心作なのですが、それが3.11の歌というのは手放しで喜べないですね。

ということで、

末筆にはなりますが、震災で亡くなられた方ならびに大切な方を亡くされた方々に哀悼の意を表します。



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