【短歌】彼岸とは届かぬ向こう側じゃなくずっとここまで続いてる路(みち)【お彼岸】

短歌

こんにちは、taicchanです。

2021年春より短歌を始めたビギナー歌人です。
ずっと「定型を守る」ことだけを意識して1年間約750首の短歌を作ってきました。

この記事では、そんなビギナー歌人のtaicchanが日課として一日一首ペースでInstagramへ投稿している自作短歌を解説します。

僕と同じように短歌ビギナーの方にとって、創作のヒントになったら嬉しいです。



春分の日を含めた三連休に入りましたね。
春分の日はお彼岸ということで、お墓参りに出かけた方もいらっしゃるのではないでしょうか。

我が家のお墓は都内にあり、本日実家に行った折に母から「お彼岸だし、お墓参りに行かない?」という話があって家族で行ってきました。
単純にぼた餅を食べる日、というわけでは終わらなかった感じです(ちなみにぼた餅は、しっかり頂きました)。

以前このブログで何回か書いたことがあるのですが、僕の祖父母は短歌をやっていました。
心血を注いで短歌をやっていた、と言っても過言ではないかもしれません。
そんな祖父母に対して、短歌を始めたことをこの一年なかなか報告できていませんでした。
いい機会だったので、お墓参りの折にその挨拶をしてきました。

祖父は僕が生まれて数週間でこの世を去っているので無理だったとは思いますが、せめて祖母が存命のうちに短歌を始めていたら、自身の創作やいま歌人として見ている景色は違ったのかなあと改めて思った次第です。

今回の歌は、きっかけは写真でした。
お墓のある多摩霊園の最寄「多磨」駅は改築工事がされ、踏切を跨ぐことなく二つの出口に行ける橋上式の駅になっていました。
多磨駅の改札を出ると是政方向に窓が開けており、今回の写真は何の気なしに写した一枚です。

この一見するとどこまでも続いていそうな線路とお彼岸をオーバーラップさせて短歌を作れないかな、というのが今回の歌の出発点でした。

最初は風景とお彼岸参りを切り離し、

脈々と僕まで続いてきた日々にありがとうって言う日 お彼岸

としたのですが、自分の遺伝子のルーツと文化活動のルーツが交差していることを考え、今回のように歌い直しました。
そして、線路の写真からインスピレーションを受けた名残として、歌の締めの「みち」という文字を道ではなく路にしました。

僕が歌人として創作活動を始めたのは、インターネット短歌投稿サイトのクレイジーソングからでした。
そのクレイジーソングでは自分の登録日が確認できるのですが、既に365日を超えており自分が歌人として一年以上の時間を過ごしていることを実感させられました。

これからも日常の風景や、日常の中で感じたことを、シンプルに三十一文字で現していき、その表現を日々磨いていきたいです。



にほんブログ村 ポエムブログ 短歌へ
にほんブログ村

👆ワンクリックが励みになります。よろしくお願いします。

コメント

タイトルとURLをコピーしました